Cisco上場20周年

2月 19th, 2010 | Posted by coq in No Category - (0 Comments)

今は誰もが知る企業であるCiscoですが、NASDAQへ上場してから20年を迎えたそうです

それに伴って成功の鍵を書いているのですが、それが面白い。

The secret of Cisco’s success: Listening.
First and foremost, we listen to our customers.  We also listen to our investors…we listen to our partners…we listen to our employees.  Listening is an under-appreciated skill.  And, it is a skill.  When I was a teenager, my mom used to ask me if I heard her after she said something…which I, perhaps on occasion, gave her the impression that maybe I wasn’t fully listening.  I would say very cooly, I’m sure: “Yes, Mom, I heard you.”  “Great,” she would say, “but did you LISTEN to what I said?”  There IS a big difference.

“We have two ears and one mouth so that we can listen twice as much as we speak.” – Epictetus, Greek philosopher – 55 AD

確かに、例えそれが短期的には事業の成長と反するとしても、ステークホルダーの主張に耳を傾ける企業は最終的に成長している気がします。

デジタル系の企業は白物家電と比べても利用者不在の革新が進みがちな印象があるのですが、その中でも白物家電に近いルータ等を主に扱ってきたということで達した結論なのでしょうか。

前の記事:でっていう電気通信事業法 (1)

では、そもそも、なぜ電気通信は自由化される際にこうした規律に服することになったのだろうか。前の記事で述べた銀行業や保険業、あるいは他に統制されている電気事業やガス事業等との共通点、もしくは他の産業との違いは何なのか。

結論から述べると、この違いは、「社会インフラであるか否か」による。すなわち、電気通信産業は今日の国民が健康で文化的な生活を営むにあたって最低限必要となる産業のうちの一つであり、電気通信が(制定当時の主たる想定対象は固定電話であったが)受けられない、もしくはそれが粗悪なものしか提供されないというのは問題であるとされる(前者についてはNTTにユニバーサルサービスの義務が課されている)。それを防ぐために必要な規律を定めたのが電気通信事業法である。

もっとも、電気通信事業法は先に述べたようなインフラとは統制の仕方が大きく異なり、積極的な規律が行われている電気やガスに対して電気通信事業者に対して行われているのは、消極的な規律、即ち、道を踏み外さなければ基本的に自由という形の規律である。 (さらに…)

電気通信事業法が関連してるんじゃないか―という事例が増えてきて、そろそろ俺の時代だと思ったので書く。

まずはこの記事を見て欲しい:「無届けで自宅サーバーを運用していた」として逮捕?

簡単に言うと、FNNの報道で、以下のようなニュースが報道された。

インターネットのサーバーを無届けで自宅に設置し、中国の利用者向けにゲームサイトに接続していた疑いで、中国人の男が逮捕された。
電気通信事業法違反の疑いで逮捕された横浜市立大学の留学生で、中国人の范貝貝容疑者(27)は、2008年から2009年7月までの間、国に無届けで、神奈川・横浜市南区の自宅マンションに、海外からのアクセスを中継するサーバーを設置した疑いが持たれている。
利用者は、中国に住む中国人で、海外からの接続が禁止されている日本のオンラインゲームに参加していたという。
范容疑者は、自分のサイトに広告を載せ、600万円以上を荒稼ぎしていて、警察の調べに対し、容疑を認めているという。

これに対してスラド民さんが

「無届けで自宅サーバー運用」で逮捕というのはまったく意味不明なのだが、FNNニュースによると……とのこと。「自分のサイトに広告を載せ、600万円以上を荒稼ぎしていた」ことが、「無届けで電気通信事業を行った」と判断されたのだろうか?

と記事にしているが、この事例から電気通信事業法が何なのか見てみたいと思う。
(さらに…)

電子書籍、書店限定でダウンロード販売してはどうか 書店は街の文化センター、書店の衰退は文化の衰退

ユニークなのは販売方法で、電子書籍をダウンロード購入する場所を書店に限定する。

「街の書店は地域の文化センターであり、書店がなくなることは文化の衰退を意味する」。柴崎代表取締役は、紙媒体の書籍の重要性を強調する。書店と出版社の両方が利益をあげる仕組みを構築する必要があるという。今後は、紙媒体と電子媒体で、市場の住み分けが起きるとみている。同社は書店経由の書籍販売を維持しつつ、電子書籍の利便性を享受できる商流を描こうとしている。

これはひどい。

確かに紙媒体の本屋というのは江戸時代以降、情報の発信におけるハブの1つとして機能してきた。だが、これはあくまでも情報が本屋にあったというだけであって、本屋だから(例えば、その営業形態ゆえに)情報があった、という訳ではないのではないだろうか。今日では記事中でも指摘されているが、ロジスティックにおいてはインターネットが小売店の代替的な役割を果たすことができるようになってきている。そうなった場合、情報のハブが書店ではなくなることになるが、これを旧来書店が果たしてきた功績の大きさに配慮し、この技術革新を押しとどめようというのがこの考え方の根底であろう。人間に対しての年金制度はあるが、産業に対しての年金制度はいらない。

更にいえば、同じ小売価格であったら書店(小売店)の利益は少ないほど出版社の利益は多くなる訳で。出版社にしたら、ダウンロード販売による価格破壊と他のマージンが減った分著者の印税収入が増やされることによる実質的収入の逓減が主な論点である以上、ダウンロード販売がこの形式をるとしたら、確かにこれらの課題は解消される。ただし、ダウンロード販売の利点の一つであるアクセス性が紙媒体以下(紙媒体は、端末を持ち歩いていなくても購入できる)になることになる。これではダウンロード販売が盛んになるはずがない。まあ、ネットでのダウンロード販売を押しとどめるために、赤字前提でそれに対する対抗馬をぶつけるという不毛なことを目的とする限りは適当な戦略であるようにも見えるが。

恐らく、このダウンロード販売が実現するとしたらAmazonやBookwebみたいなオンラインのには解放しないだろう。その結果として、「紙の本は、自宅からでも購入できる。」「電子書籍は、書店に行かなければ購入できない」となる訳で…いやはや。