【米長邦雄永世棋聖 vs ボ​ンクラーズ】プロ棋士 対 コ​ンピュータ 将棋電王戦

1月 14th, 2012 | Posted by coq in No Category

【米長邦雄永世棋聖 vs ボ​ンクラーズ】プロ棋士 対 コ​ンピュータ 将棋電王戦

永世棋聖の惨敗を予想してた人もいたようですが、個人的には永世棋聖が勝つことを期待していたりしたのですが…

最後の詰将棋モードは悲壮感が半端なかった…思考時間を使い切らないってことは、逆に言えば「もう勝負ついてるから」な状態な訳で…

あんまり時間かけてると、トップ棋士が携帯に負けるなんて事態になるぜ?

終局後のコメントで、こんなのがあったけどまさしくこの通りだと思う。将棋連盟はコンピュータと早めに共存していかないと、そのうちコンピュータでの将棋禁止!マスコミも一切扱うな!みたいに圧力をかける以外の着地点が無くなってしまうと思う。

しかしあの対局禁止令は、そろそろ撤廃してもいいんじゃないでしょうか。元々あの禁止令の趣旨は、(1)プロがうっかりソフトに負けたりすると大恥、(2)きちんと興行イベントとして収入になる形で対局すべき、の2点だったと思いますが、まず(1)に関しては、今プロがソフトに負けても別に恥でもないですよね。というか会長も書いちゃってるし。禁止令の出された2005年当時は意義があったと思いますが、2011年の今ではここは状況変わっていると思います。

(2)については、まず「興行イベントとして収入にすべき」ということ自体は私も全く同感で、こちらとしてもできるかぎり連盟の収入アップに協力したいと考えています。しかしそれは、「イベント以外の対局を一切やらない」とは違うんじゃないでしょうか。むしろ、本番イベント以外の場でもちょくちょく対局して、勝ったり負けたりというところを示しておく。そうやって、いい勝負だということを周知したうえで、さあ本番はどうか?と盛り上げていく、という方が正道でしょう。興行的・ビジネス的に言って。

逆に一切対局をしないでいて、どっちが強いか傍にはさっぱりわからない、でいざ本番やってみたらワンサイドゲーム、なんていう方が興行的にはダメージだと思います。例に挙げるのはあれかもしれませんが、去年のあからはそんな感じだったような。

http://aleag.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-2a38.html

本質的に、技術者の求めているゴールは勝ち負けではない(人が殆どだと思う)。「○○に勝つ」というのはあくまでもマイルストーンか、もしくはそれですらなく単なるイベントでしかない。逆に、今の将棋連盟にしてみたら「コンピュータに負ける」が終了条件である(と思っている節が強い)。「人間の能力は最強」を超えたところに価値を見出さないと、これからの時代は難しいと思う。将棋に限った話じゃないけど。(職場でもいますよね、データの集計とかを自動化しようとしないで、自動化すら許さずに「人がやるのが一番速くて正確」とか言っちゃう人。彼らにとってこれからの時代は難しいんじゃないでしょうか。)

最後に、上のブログへのコメントの引用で。

ファンが一番見たいのは人間同士の戦いが生む名局と、それに付随する悲喜こもごもとしたドラマなんですから。

——

追記

複数プロ対複数ソフトって…逆に退路断ってないか@記者会見

——

追記2(20120105)

 この後はどうなるかというと、今日は一番負けましたけれども、だからプロが弱いということではないのです。この後はコンピュータをコンピュータとしてさらなる進化をしていって、人間は人間として、やはり脳みそを使って、脳に汗をかくほど一生懸命将棋を指す姿が多くのファンに感動を与えて、駅伝やマラソンと車の会社のような関係で、駅伝・マラソンは車が横をさっと抜けるのだと思うのですが、ノロノロ走っている。それは、ランナーの汗というものに感動するから。

http://news.nicovideo.jp/watch/nw178307/5

問題は、これに同意する人が何人いるかなんですよね

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